2010年 10月 04日
TILITILI、シングル「Kill me/星と風と色/Ameri」のショートストーリーの件について
初めての方には、初めまして。
いつもの方には、こんにちは。
あや兵衛こと綾部かづきです。
以下の文は、2010年9月24日にリリースされた、TILITILIのシングル「Kill me/星と風と色/Ameri」に掲載した、ショートストーリーです。
バーテンダーとは幅広い知識だけでなく、コミュニケーション力が大事だと思っている。
様々な客が来店する中で、酒に酔って愚痴をこぼす客も珍しくない。相手が激昂しないよう、周囲の客に迷惑がかからないよう気を遣わないといけないが、この客の場合は例外である。
「さっきから聞いてるの!」
「聞いてるよ。会社で、新婚ほやほやの同僚の女性から彼氏がいないことを馬鹿にされたんでしょ?」
淡々と答え、本日3杯目となるクレイモアのハイボールを差し出せば、客はそれに見向きもせずに口ばかり動かす。
「そうよ! 結婚はいいわよぉとか、あてつけがましく言ってきて。この間の企画案にあたしのが採用されたからって、逆恨みもいいとこよ、全く」
サービスのチョコレートを口に放り込んでは唇を尖らせる女性客は常連客であり、自分がここで学生アルバイトとして働いていた頃からの知り合いである。彼女が客もいない閉店時間間際にやってきて、自棄酒を飲みにくるのも、自分がそれに付き合って、タメ口をきけるのも、お互いの仲だからこそだ。
出会ったばかりの頃の彼女は酒が全く飲めなくて、オレンジジュースを注文していたのが今や、一方的な喋りで乾いた喉をスコッチ・ウイスキーで潤すのには、時の流れと成長は恐ろしいものだと実感させられる。
「ねえ、あれ、何?」
彼女の視線を追うと、その先にはカウンター脇の壁に貼られた1枚のポスターだった。やや据わった目でポスターの字を読み上げていく。
「さん、せっと、ふりーくす、ふぇす…?」
「あれはこの間、先輩が持ってきて、勝手に貼ってった。先輩の知り合いのバンドが企画するライブのイベントだって」
「嘘! 先輩が?」
「ついでに、チケット数枚と、そのバンドのCDまで置いてったんだよね。聞いてみる?」
こちらの否応なしに、店内のBGMに使えと言われたものの、自分の意思でBGMの1つとして利用させてもらっている。
彼女は静かに口を開いた。
「良い曲だね」
「懐かしい?」
自分の問いかけに目を丸くするが、すぐに意味を理解したのか少し照れ笑いをする。彼女の5本指がカウンターの上で動いていたからだ。
「そうね。時々、思うんだよね、あのままバンドを続けてたら、どうなってたんだろう、って。でも、別に今の仕事が嫌ってわけじゃないし、むしろやりがいがあって楽しいし」
そこまで言うと、彼女は目を伏せる。
「幼稚園の時からピアノをやってたからって、キーボードとしてバンドに誘ってくれた先輩には、ホント感謝してる」
「また弾けばいいじゃない。もったいないよ。キーボード、凄く上手かったし」
何も言わずにうつむいてハイボールを口にする彼女だが、彼女の耳が赤くなっているのは、酒のせいではないことぐらい、長年の付き合いで判っている。
「あたしね、ささやかな夢があるの。笑わない?」
切り出したものの、何処か不安気な様子を残す彼女に、頷いてみせた。
「いつか誰かと結婚して、子供が生まれたら――その子にピアノを教えるの」
「良い夢だね」
素直に答えると、彼女は満面な笑みを浮かべた。やっぱり耳は赤いままだった。
「あ、そうだ。オーダーしていい?」
すると、彼女の人差し指がはカウンター脇の壁に貼られたポスターを指した。
「あのイベントのチケットを1枚」
以下に、ネタバレを書いていますので、ご覧になりたい方は、「More」をクリックして下さい。
ショートストーリー2作目です。
去年の大晦日に、旧友が連れて行ってくれたバーでの思い出をモチーフにしています。
因みに、そのバーの閉店時間は「その時の気分次第」という、なかなか乙な店です。
あや兵衛的に一番こだわったのが、「彼女」が呑むお酒です。
「クレイモア(Claymore)」というスコッチ・ウイスキーは実在します。
クレイモアとは、ゲーム好きの方ならご存知かと思いますが、両刃の大剣のことを意味しまして。
両刃とは云わば、諸刃のことでもあり、「諸刃の剣」という言葉は、一方では大きな利益があるが、他方では大害を伴う危険があることの例えとして、使われます。
「彼女」にとって、バンドと仕事と結婚――それぞれにおける選択は、決してハイリスク・ハイリターンではないという自負から、諸刃の剣「クレイモア」を炭酸で「割った」というワケです。
ハイボールと言うと、去年辺りからやたらと人気なので、それに乗じて、呑んでみたんですけど――薄い。
そりゃ、炭酸は胃を刺激するので食欲が出るでしょうが、やっぱり、ウイスキーはロックが良いです。
そもそも、今まで酒を全く飲めない人がウイスキーという、アルコールに対して凄まじいレベルUPかと思われるでしょうが。
下戸の方が仕事で沖縄に移住したら、泡盛を平気で呑めるくらいになったという話は聞いたことあります。
あと、このお酒のラベルには、剣を手にした戦士が描かれていて、その戦士を「彼女」の象徴にしてみました――が。
このショートストーリーを書いた数日後に、スーパーのお酒売り場でクレイモアを見かけたら、ラベルが戦士ではなく、2本の剣になってました。
一応、ネットで調べたんですけどねぇ。まぁ、いいか。
そもそも、あや兵衛がこの酒をまだ呑んだことがないことが、一番致命的かも知れません。
ラストのオチは最後の最後で、ラスト3行を付け加えました。
所謂、4コマ漫画で言う、2段オチかな、と勝手に思っております。
いつもの方には、こんにちは。
あや兵衛こと綾部かづきです。
以下の文は、2010年9月24日にリリースされた、TILITILIのシングル「Kill me/星と風と色/Ameri」に掲載した、ショートストーリーです。
バーテンダーとは幅広い知識だけでなく、コミュニケーション力が大事だと思っている。
様々な客が来店する中で、酒に酔って愚痴をこぼす客も珍しくない。相手が激昂しないよう、周囲の客に迷惑がかからないよう気を遣わないといけないが、この客の場合は例外である。
「さっきから聞いてるの!」
「聞いてるよ。会社で、新婚ほやほやの同僚の女性から彼氏がいないことを馬鹿にされたんでしょ?」
淡々と答え、本日3杯目となるクレイモアのハイボールを差し出せば、客はそれに見向きもせずに口ばかり動かす。
「そうよ! 結婚はいいわよぉとか、あてつけがましく言ってきて。この間の企画案にあたしのが採用されたからって、逆恨みもいいとこよ、全く」
サービスのチョコレートを口に放り込んでは唇を尖らせる女性客は常連客であり、自分がここで学生アルバイトとして働いていた頃からの知り合いである。彼女が客もいない閉店時間間際にやってきて、自棄酒を飲みにくるのも、自分がそれに付き合って、タメ口をきけるのも、お互いの仲だからこそだ。
出会ったばかりの頃の彼女は酒が全く飲めなくて、オレンジジュースを注文していたのが今や、一方的な喋りで乾いた喉をスコッチ・ウイスキーで潤すのには、時の流れと成長は恐ろしいものだと実感させられる。
「ねえ、あれ、何?」
彼女の視線を追うと、その先にはカウンター脇の壁に貼られた1枚のポスターだった。やや据わった目でポスターの字を読み上げていく。
「さん、せっと、ふりーくす、ふぇす…?」
「あれはこの間、先輩が持ってきて、勝手に貼ってった。先輩の知り合いのバンドが企画するライブのイベントだって」
「嘘! 先輩が?」
「ついでに、チケット数枚と、そのバンドのCDまで置いてったんだよね。聞いてみる?」
こちらの否応なしに、店内のBGMに使えと言われたものの、自分の意思でBGMの1つとして利用させてもらっている。
彼女は静かに口を開いた。
「良い曲だね」
「懐かしい?」
自分の問いかけに目を丸くするが、すぐに意味を理解したのか少し照れ笑いをする。彼女の5本指がカウンターの上で動いていたからだ。
「そうね。時々、思うんだよね、あのままバンドを続けてたら、どうなってたんだろう、って。でも、別に今の仕事が嫌ってわけじゃないし、むしろやりがいがあって楽しいし」
そこまで言うと、彼女は目を伏せる。
「幼稚園の時からピアノをやってたからって、キーボードとしてバンドに誘ってくれた先輩には、ホント感謝してる」
「また弾けばいいじゃない。もったいないよ。キーボード、凄く上手かったし」
何も言わずにうつむいてハイボールを口にする彼女だが、彼女の耳が赤くなっているのは、酒のせいではないことぐらい、長年の付き合いで判っている。
「あたしね、ささやかな夢があるの。笑わない?」
切り出したものの、何処か不安気な様子を残す彼女に、頷いてみせた。
「いつか誰かと結婚して、子供が生まれたら――その子にピアノを教えるの」
「良い夢だね」
素直に答えると、彼女は満面な笑みを浮かべた。やっぱり耳は赤いままだった。
「あ、そうだ。オーダーしていい?」
すると、彼女の人差し指がはカウンター脇の壁に貼られたポスターを指した。
「あのイベントのチケットを1枚」
以下に、ネタバレを書いていますので、ご覧になりたい方は、「More」をクリックして下さい。
ショートストーリー2作目です。
去年の大晦日に、旧友が連れて行ってくれたバーでの思い出をモチーフにしています。
因みに、そのバーの閉店時間は「その時の気分次第」という、なかなか乙な店です。
あや兵衛的に一番こだわったのが、「彼女」が呑むお酒です。
「クレイモア(Claymore)」というスコッチ・ウイスキーは実在します。
クレイモアとは、ゲーム好きの方ならご存知かと思いますが、両刃の大剣のことを意味しまして。
両刃とは云わば、諸刃のことでもあり、「諸刃の剣」という言葉は、一方では大きな利益があるが、他方では大害を伴う危険があることの例えとして、使われます。
「彼女」にとって、バンドと仕事と結婚――それぞれにおける選択は、決してハイリスク・ハイリターンではないという自負から、諸刃の剣「クレイモア」を炭酸で「割った」というワケです。
ハイボールと言うと、去年辺りからやたらと人気なので、それに乗じて、呑んでみたんですけど――薄い。
そりゃ、炭酸は胃を刺激するので食欲が出るでしょうが、やっぱり、ウイスキーはロックが良いです。
そもそも、今まで酒を全く飲めない人がウイスキーという、アルコールに対して凄まじいレベルUPかと思われるでしょうが。
下戸の方が仕事で沖縄に移住したら、泡盛を平気で呑めるくらいになったという話は聞いたことあります。
あと、このお酒のラベルには、剣を手にした戦士が描かれていて、その戦士を「彼女」の象徴にしてみました――が。
このショートストーリーを書いた数日後に、スーパーのお酒売り場でクレイモアを見かけたら、ラベルが戦士ではなく、2本の剣になってました。
一応、ネットで調べたんですけどねぇ。まぁ、いいか。
そもそも、あや兵衛がこの酒をまだ呑んだことがないことが、一番致命的かも知れません。
ラストのオチは最後の最後で、ラスト3行を付け加えました。
所謂、4コマ漫画で言う、2段オチかな、と勝手に思っております。
by p_and_l2
| 2010-10-04 22:35